gallery COEXIST-TOKYOでは、紙を使用して多様な表現を生み出すアーティスト、松尾栄太郎の個展を開催します。
松尾栄太郎は、長崎県生まれ。京都の美術大学で彫刻を学んでいましたが中退し、版画家井田照一のアシスタントを経て作家として活動を開始します。彼の制作 は、立体(彫刻)と平面(版画)、人工と自然、歴史と瞬間という様々な矛盾を解消しようとする行為であり、「版画」という複製可能な技術を、意味において 反転させ、複製品を素材としてオリジナル作品を生むことを試みています。松尾の作品は、まるで無限の自己相似形のパターンが一つに還元されてゆくフラクタ ル構造のように、「秩序」と「揺らぎ」によって生成される生命活動を思わせます。
「生」と「死」という矛盾をはらんだ命の原理は、松尾の制作のテーマである「矛盾」と重なるのではないでしょうか。
生命のエネルギーに満ちた豊かな空間を作り出す松尾栄太郎の個展をぜひご高覧ください。
「松尾栄太郎、その人と作品」 青木正弘(美術評論家)
松尾栄太郎は、「矛盾」と「狭間」を思考し、それを糧に真摯な姿勢で制作を続ける九州男児である。何を隠そう彼は、酒好きのヘビースモーカーでもある。彼 は、彫刻家を目指して京都で学生生活を送っていたが、友人の紹介で井田照一と出会い(やはり酒場だったようだ)、それが縁で大学を2年で中退し、井田のア シスタントの道を選ぶ。そしてその決断は正に的を射たものであった。学生時代に「平面を立体として、立体を平面として表現したい」などと厄介な「矛盾の狭 間」に思考を巡らせていたという彼と、版画制作を「表面は間である−垂直と水平の間」と位置付けていた井田との出会いは、偶然かつ必然でもあったのだ。
栄太郎は、1998年から井田が亡くなる2006年まで、井田の制作のアシストに徹しながら、自分自身の思考を作品として具体化する筋道を学んできたと言 えよう。当時、私も井田のスタジオを度々訪れていたが、井田の指示に「はい!」と元気よく答え、手際よく手筈を整えて対応していた彼の姿を記憶している。
栄太郎は、2007年から作品の発表を始めているが、当初の版画、コラージュによる作品は、絵画的な色彩を備えていた。それが2010年頃から次第にモノ クロームの作品に変容する。制作には主に紙、木、土が使用され、紙は「集積」によって多様な「層」を生む働きを担う。そして作品に表れる色彩は、自ずと素 材自体の備えた色合いになるのである。「イメージは作らない、自己と素材との瞬間的な対峙の連続の中から形が生まれる」と語る、彼の造形の更なる発展とそ の突破力に期待したい。